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カテゴリ:都営車運用解析

00年7月改正平日ダイヤより 13T

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000013T

ネタ要素が薄い運用なので、1回でまとめて紹介させていただきます。

(413T 品川 04:57 → 普通 → 高砂 05:33)
(512T 高砂 05:57 → 普通 → 西馬込 06:42)
現在も403T・502Tとしてほぼ同じ時刻で運転されています。

(613T 西馬込 06:50 → 普通 → 印旛日本医大 08:14)
(812T 印旛日本医大 08:23 → 普通 → 西馬込 09:47)

そのあとは印旛日本医大へと1往復し、一旦入庫します。

余談↷
この時間、北総線内の上り列車は新柴又基準で08:25~09:30までの約1時間に発車する7本の列車全てが都営車による運用でした。ただ、10:56~12:56の2時間では7本中6本が北総車・1本が京急車なので、運用に結構偏りがあったんですね。


現在だと西馬込に朝ラッシュ後入庫する場合列車番号が変わりますが、当時は同じ列車番号だったんですね。
編成が交換されることはあったのでしょうか…?

(1613T 西馬込 16:25 → 普通 → 青砥 17:09)
(1712T 青砥 17:19 → 普通 → 西馬込 18:02)
(1813T 西馬込 18:09 → 高砂 18:56)

再出庫後、青砥まで1往復したあと高砂まで向かいます。そして高砂で2時間ほどの小休止。

(2112T 高砂 21:40 → 普通 → 急行 → 羽田空港 22:42)

高砂からはまぁよくある急行羽田空港行。

(2113T 羽田空港 22:50 → 特急 → 泉岳寺 23:12)
現在だと同時刻の列車はエアポート急行高砂行になり、国際Tが開業した影響もあって泉岳寺到着は23:16と4分ほど遅くなっています。

(2312T 泉岳寺 23:29 → 普通 → 西馬込 23:40)
(2313T 西馬込 23:49 → 普通 → 泉岳寺 24:00)
(2412T 泉岳寺 24:16 → 普通 → 西馬込 24:27)

2312Tで馬込入庫かと思いきや、再び泉岳寺との間を1往復します。
2412Tは終電の1本前の列車です。
現在では2416Tが同じく泉岳寺24:18始発で終電1本前の列車として残っています。

20年前の情報なので、もしかすると時刻表の誤植・私自身の勘違い・情報不足などがある可能性があります。
そういった場合にはコメントで訂正していただけると大変ありがたいです。

参考文献:KSWeb・東京時刻表2001年5月号・京成時刻表Vol.29(2019年10月26日改正号)

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と、言うことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

00年7月改正平日ダイヤより 11T(09T)②

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000011T

前回の記事はこちら

前回、出庫から成田空港までをお話させていただきました。今回はその続きになります。

(1208T 成田空港 12:41 → 特急 → ✈快特 → 羽田空港 14:41)

成田空港に12:41に到着した1109Tは、12分後の12:53、1208Tとして折り返します。京成線内は特急、都営・京急線内はエアポート快特です。といっても京急線内ではエアポート快特と快特の違いというものはありませんでした。
成田空港から1時間47分かけて終点の羽田空港に到着。
現在アクセス特急が成田と羽田を1時間半で結んでいますから、20分ほどの時間短縮ということですね。

余談↷
現在、羽田空港発の成田空港行は都営車で複数本運用が残っています(平日1531T(✈急行→快速)・1817T(✈急行→快速特急)・休日911T(✈急行→快速))が、成田空港発羽田空港行の列車はありません。

いや、あるにはあるんですが、その列車は成田空港発快速高砂行として運転し、高砂から押上まで各駅停車、そしてそこから急行になるという列車なので成田空港駅で都営車による羽田空港行の発車シーンを見ることはできません。


(1411T 羽田空港 14:49 → 急行 → 高砂 15:50)

そして羽田空港に14:41に到着すると、列車番号を出庫時の11Tに戻し、1411T急行高砂行になります。
品川から先も急行として運転し、押上線内は曳舟・立石に止まります。
当時八広駅には待避線はなく、押上を出ると高砂まで追い抜きはできませんでした。

(1610T 高砂 16:08 → 普通 → 特急 → 三崎口 18:06)
全区間急行として運転されると、高砂からの折り返しは京急線を南へ下る普通(押上から特急)三崎口行に。
終点三崎口到着が18:06ですから、夏などはかなり明るいことでしょう。

現行の1606Tが三崎口17:51なので、大体そのくらいの時間ですね(といっても日の入りの20分はかなり大きいですが)

余談↷
また別の機会にお話させていただきますが、当時から神奈川新町を夕方に発車する下り特急はありました。
神奈川新町16:59発1656T特急三崎口行。
朝8時過ぎに文庫を発ち新逗子から品川へ。回送で新町に入庫して夕方まで昼寝した後三崎口から特急青砥行として運転されます。
この1656Tの三崎口到着は17:54なので、この頃は夕方に多くの久里浜線直通都営車が見られたんですね。

さらにその1時間以上前ですが、久里浜を15:53に出庫する1520Tという特急もありまして、こちらは三崎口16:04着。
折り返し特急押上行になったあと、まさかのその折り返しが特急三崎口行。
19:46に三崎口に戻ってきた後は、現在の1919Tとほぼ同じく三崎口20:00発快特印旛日本医大行に。
こいつの折り返しがまた普通品川行と異端児なのですがこのお話もまたの機会に。


(1811T 三崎口 18:19 → 特急 → 京急久里浜 18:31)

三崎口に18:06に到着すると折り返しは特急京急久里浜行。現在、特急京急久里浜行は平日931T(三崎→久里浜)と休日2020T(印旛→久里浜・特急運転は押上から)の2本ですね。
終点の久里浜では1893SHという何とも大きな番号の快特に接続します。

(2111T 京急久里浜 21:32 → 特急 → 泉岳寺 22:33)

久里浜到着後は一休みをし、21:32に特急泉岳寺行として再出庫。

現行ダイヤでは特急泉岳寺行は存在しませんね。

(2210T 泉岳寺 22:46 → 普通 西馬込 22:57)

そして泉岳寺に到着後、西馬込行として折り返し17時間57分、498.2Kmの行路を終えます。
東京から米原が新幹線で445.9Kmだそうなので、かなり遠くまで旅していることに…と言いたいところですが、この程度ではまだまだです。

2回に渡り多々の余談を挟みながら、00年7月改正平日11T(09T)運用を自分なりに解読してみました。
20年前の情報なので、もしかすると時刻表の誤植・私自身の勘違い・情報不足などがある可能性があります。
そういった場合にはコメントで訂正していただけると大変ありがたいです。

次回も同じく2000年7月改正平日ダイヤからお届けしようと考えています。
現在運用がまとめ終わっているのが、00年7月改正(平日/休日)・03年7月改正(平日/休日)、そして現在01年9月改正平日のダイヤを入力しています。

参考文献:北総線45年のあゆみ4直資料室・東京時刻表2001年5月号・同2002年2月号・京成時刻表Vol.29(2019年10月26日改正号)・京急時刻表2018年度号

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と、言うことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

00年7月改正平日ダイヤより 11T(09T)①

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000011T


2000年当時、都営車・京急車ともに京成線上野までの定期運用がありました。
上野線内では普通・急行・特急と全ての種別に充当されていて、それぞれの上野幕を見ることができました。(普通上野/平1本・急行上野/平2本・特急上野/休1本)
ただ普通列車に関しては平日データイムのみだったので、今の京急車の快速成田空港みたいな位置づけだったんでしょうね笑

と、今回はそのうちの1本、普通上野行(1008T)が含まれている平日11T(09T)です。


(511T 西馬込 05:00 → 普通 → 印西牧の原 06:19)

西馬込を5:00に出庫し北総線に直通するのは現在でも変わりません。翌年の改正で印旛日本医大まで運転区間が延長されています。

現在同じ時刻で走る列車は、途中の東松戸で5分間停車し後続のスカイライナー1号の通過待ちを行うため、若干所要時間が伸びています。
当時のスカイライナーはスカイアクセス線など存在しないのでもちろん京成本線経由。
しかも現在より始発は50分も遅く、6:30発でした。
現行のスカイライナー1号が成田空港6:24着なので相当早くなったんですね。ちなみに当時の1号の成田空港到着時刻は7:29。
現行だとスカイライナー7号(4本目)が上野発6:40、空港着が7:30となっています。

(610T 印西牧の原 06:36 → 普通 → 西馬込 07:59)
到着後すぐに折り返すのは変わりません。

余談↷
610Tの7分後に印西牧の原を発車する650Nは当時平日朝に2本(もう1本は850Nとどちらも列番が50Nなので同一運用だったんでしょうかね?)だけ運転されていた普通矢切行で、終点矢切で3分後にやってくる急行列車に接続していました。

当時の北総線は上り・下りとも優等列車は急行のみで、停車駅は高砂を出ると新柴又・矢切・新鎌ヶ谷と新鎌ヶ谷からの各駅。現行の急行から東松戸を引いた停車駅ですね。
翌年の改正で特急が誕生し、上り列車は全列車が特急に置き換えられるとともに矢切行の区間列車も廃止されています。

現在、朝上りの優等運用は都営車・北総車の2社局ですが、当時は京急・都営車が共に1本・北総車が3本でした。また行先も、北総・京急車が全列車羽田空港行、都営車が西馬込行でした。
翌年改正で特急に格上げされると同時に京急車による運用は無くなり、都営車が4本、北総車が1本に。行先も全列車が西馬込行になっています。
現在は都営車が2本、北総車が3本で、行先は全て西馬込行です。そのほかアクセス特急が京成車で3本運転されています(西馬込行2本・羽田空港行1本)


(811T 西馬込 08:06 → 普通 → 高砂 08:52)
肝心の11Tは西馬込に到着後、折り返し普通高砂行に。終点高砂到着後、すぐに折り返す訳ではなく一休み。

(1008T 高砂 10:55 → 普通 → 上野 11:17)
2時間ほど休んだ後、列車番号を09Tに改め"普通上野行"として運転されます。
10:55に高砂を発車、11:17に上野に到着すると特急成田空港行として折り返します。

(1109T 上野 11:25 → 特急 → 成田空港 12:41)
高砂・東中山(通過)・津田沼で普通、佐倉でその先各駅に停車する急行を追い抜きます。
成田空港までの所要時間は76分(成田まで67分)
現行11:34に上野を出る快速特急が64分なので現在とあまり所要時間は変わっていませんね。
現行の快速特急は途中駅での待避はありませんが、当時の特急は高砂でスカイライナーの待避をする便もあり5分ほど停車していたので、それを含めるとさらに現行との差は縮まることになります。

文章が長くなってきましたので成田空港到着後はまたの機会にいたしましょう。

参考文献:北総線45年のあ
ゆみ
・東京時刻表2001年5月号・同2002年2月号・京成時刻表Vol.29(2019年10月26日改正号)
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