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カテゴリ:都営浅草線

老悪魔、ここに散る。

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2023年2月23日、5300形が引退しました。それから3カ月半が経ち、6月6日深夜。5300形で最後まで残っていた5320編成のうち、5320‐1と5320-2の2両が陸路で馬込の地を離れました。

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先に出てきたのは5320-2。

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その後5320‐1が出てきました。

2月の引退後も定期的に通電し、時にはネタ幕を出してファンを楽しませてくれていました。
僕が見た限り5月25日頃までは通電している様子があり、5月31日頃に検修庫の中に取り込まれたようです。

巷の噂によると引退後数日で車籍を抜かれ本線を走行することが不可能になったと言われている同編成ですが、だとすればなぜここまで線路上に居たのかが非常に気になるところです。

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陸送前日、馬込車両検修場の端に佇む5320編成のうち2両。ライトの当たり具合がなんとも寂しいものです。
ちなみにここからカメラを180°ほど傾けた反対側では5507編成が復旧作業中。そんな中での一コマでした。

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と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

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さて、97年10月改正休日ダイヤを編集しているわけです。93年改正で都営車が三崎口に乗り入れるようになって早4年。

平日は51Tと61Tが各1往復、87Tが3往復。休日は69Tが4往復、95Tが1往復。今と比べれば大賑わいですね。

そこで休日69Tに着目するわけですが、
2069T 三崎口20:30→久里浜20:41
の後行方が分からなくなっています。

というのも、運行図表によるとこの2069Tは久里工入庫ではなく京急久里浜駅入庫。京急久里浜で△になり列車が切られています。

ちなみにこの運用が翌日流れるのは休日なら79T(文庫5:50)、平日なら99T(文庫7:03)になるかと思われます。こちらの根拠として、営業で文庫に入庫する列車が存在しないこと、これらの運用の他は運用数に辻褄が合うことなどが挙げられます。

さて、では2069Tが京急久里浜駅に入庫してからどう金沢文庫まで移動するのか…。

まず、2069Tが久里浜で接続する上り列車は2069H(特急押上行)。これ偶然かと思いきやそうではないんですよね。
そもそも69Tが69Tたる理由として、京急車の運用の中に突っ込まれたからというのがあります。

京急のH台は昔も今も変わらず ""基本は"" 51H~の番号が割り当てられています。今のように81Hが急に成田までぶっ飛んだり、折り返し羽田空港行になったりすることも少ないので、基本的には51H以下連番で運用が流れていきます。

51H、53H…65H、67H…といった具合に。

当時は他社の運用に置き換わっても運番は改正前のを踏襲する、ということがある程度あったようで(条件は不明)、上述した三崎口乗り入れもその色が強そうです。

ただ前年までの69Hの運用全てを69Tで置き換えてしまうと三崎口停泊になってしまう為、途中で交換する必要が生じます。

それが2069Tと2069Hの交換なわけですが、この2069Hが本当に京急車の運用なのか今となっては分かりません。ちなみに2069Hの出庫は京急久里浜駅となっており、久里工ではありません。
怪しいんですよね。これ。
基本的に久里浜で車両交換をする列車は久里工からの入出庫も1つの列車として扱われているので、例えば

1012A 〇久里工10:39→久里浜10:42
1013A 久里浜10:43→品川11:32

1013AX 三崎口10:28→久里浜10:40/10:50→久里工10:53△

みたいな感じで、ちゃんと久里工から入出庫していることになります。

ただこの69Tと69Hの交換の場合、運行図表では久里浜入出庫扱い、久里工への回送もありません。

しいて言うなら、

2069T 三崎口20:30→久里浜20:41△

回2040 〇久里工20:39→久里浜20:42
回2041 久里浜20:51→久里工20:54△

2069H 〇久里浜20:47→押上22:14

っていう交換できそうな回送があるにはあるんですが、この回41は不定回なんっすよね。
更に20:35着/20:44発で1Aが挟まってきてます。

時系列を整理すると、
1900Aが久里浜中線に到着、6分後に2069Tが久里浜4番に入線。不定回施行ならほぼ同時に回2040が久里浜1番に入線します。この時点で久里浜は満線。
その数分後に2001Aが発車、3分後に2069H…ん-----この2069Hはどこから出てくるんですか???仮に回2040→2069Hになる場合、久里浜でMSTしてたことになりますね。

めっちゃちなみにですが回2041の入庫3分後、20:57に久里工を出庫し文庫21:19入庫のKC2011というスジもありまして、これはもちろん不定回。

となると2069Hの可能性が否めないのかなぁと思います。2069Hは文庫で普電を追い抜かないので、ここでの交換もできそう。ただなぁ。乗換が生じる場合東京時刻表・京急時刻表共にちゃんと記述してくれるんですよね。



…ただ一概に2069Hだ!とも言えないのがこの運用。

翌98年11月改正では、回2041がそのまま2069Tに組み込まれることになります。但し2069Tとして久里工に入庫した後の流れは不明。

99年7月改正は手元に資料がないため何とも言えませんが、翌00年7月改正。
616Tとして久里浜8:55着の後、行方が分からなくなっています。

69Tだった運用は

2027T 三崎口20:22→久里浜20:34
2227T 久里浜22:42→高砂24:21
と完結するように。この2227Tは97年時点の2295Tに当たります。そのため今回の本題に沿った回送はなさそうですが、616Tがどのように文庫まで回送されるかが不明です。

更に翌01年9月改正では13Tが餌食に。
2013T 三崎口20:59→久里浜21:11/21:14→久里工21:17として入庫後行方が分からなくなっています。

そしてこの文庫入庫騒動は、2002年改正で深夜特急が都営車の運用に持ち替わったことで終焉を迎えることになります。

というようにこの時間の回送は4年近く行方不明の状態が続くことに。これどんな意味があってのことなんですかね…?都営車の回送は通常ならそのままの運番で回送されるので、4桁の数字だけの回送で上る可能性はあまり考えられず、じゃあどっかのHに紛れ込んで上ったのか…?と。

ただ翌年2069Tが回2041を取り込んだことを考えると…いやぁでもダイヤ改正してるんだから運用の流れが変わってもおかしくないし…ちなみに98年改正では2069Hが久里浜20:48→青砥22:23でやはり69Hとして存続しています。

ここまで迷な運用だと誰かが取り上げたりもしてそうですが、インターネット黎明期の90年代後半ですから当時の声を聞くのも難しいかな…なんて思います。特に都営車の運用となると。

この回送に限らず、何か有識者の声が頂ければなぁなんて密かに思ったりしています。


考察結果:
①回2041(久里浜20:51→久里工20:54△)が不定回といいつつ実質定回のような状態であり、2069Tはこれを使って久里工に入庫していた可能性がある。
②この場合、久里工から文庫までの回送が「回〇〇〇〇」のような京急側の回送スジになる。
・KC2011 久里工20:57→文庫21:19(不定)
・回2141 久里工21:20→文庫21:40(定期)
・回2143 久里工21:26→文庫21:47(定期)
・そのほか回2147、回2249(不定)、回2253(不定)、回2257、回2359(不定)が全て久里工出庫・文庫入庫で存在。
→翌朝の出庫までの回送スジは存在しない為、これらのどれかが都営車のスジであり文庫まで回送されたものの可能性がある。
→これらに関して、回1003を5300形が代走した事例などもあることから一概に可能性がゼロとは言い難い。
③2069Tが久里浜で2069Hに運番を変更し、固定代走として営業していた可能性がある。尚2069Hは押上行、折り返しの2268Hは三崎口行最終であるため途中で車両交換されているはずである。
2069Hの文庫・泉岳寺・2268Hの泉岳寺で交換が可能である(2069H新町・2268H文庫は緩急接続があるため車両交換は現実的ではない(がゼロではない)
→但し通常車両交換が行われる場合時刻表にその旨が記載されることからこの可能性は低いと考える。
④本件から少し逸れるが、このような久里工→文庫の回送スジがT台で存在しない時期が2002年改正前まで続いた為、今回の考察に於ける措置が4年近く続いたものと考えられる。その場合流石に誰も記録してないとは言い難いのではないか…?


てな感じでまともに考察もできずに終わってしまいました。うーん。分からん。


さて、こんな感じで都営浅草線の車両に関する運用をひたすら追っています。
ここの皆様ご存知本垢 @localrokugodote の他に、都営車専門のアカウントを開設しました。



まだ正式な活動方針は未定ですがフォローして頂けたら嬉しいです。

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と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

長いようであっという間の5年間でした。

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2016年12月23日。
"置き換えが発表されたので撮っておかないと…"

この時はまさかこんなに追っかけることになるとは思っても無かったでしょうね。笑


…そうですね。2016年といえば中学1年生。中学は徒歩で通える圏内だったし、そもそも蒲田以南だから都営車を見る機会は少なかったし。
5300形を見ても「あっ珍し。」って思うくらいで、当形式に対して何ら特別な感情は抱いてませんでした。
800形は地元の電車だから大好きで、2000形は地元を通過するカッコいい電車だったから大好きで。ただ5300形は別に、正直北総9000形とかのほうが興味ある、って感じでしたね。懐かしいねトマトサラダ。

そんな僕でしたが、あるサイトを見たことを機に一気に沼にのめり込むことになります。

https://nkth.info/unyo/2017/toei/

皆さまお馴染みnkth.infoの2017年運用表のページ。

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その中のこの表に目を惹かれました。

行先と種別がそれぞれ何本づつ存在するかというもので、例えば普通印旛日本医大行なら23本、快速特急成田空港行なら1本、と言ったもの。

この表を見た僕は、「これ全部集めたいな」とボソっと思ったとか思わなかったとか。

さぁ行動に移したらっぷ少年。




2018年11月のツイート。もうこの頃から「記録を進めてる」ってツイートしてますね。今ほどガチではないですが笑

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今よりもずっと簡単な記録表。ゼロが多いのなんのって笑
成田空港行が快特しか存在しなかったり、新逗子行だったり。色々と懐かしいです。

画像1

一方こちらが最終撮影時点での記録。100越えの記録が4つもあるなんてねぇ。

普通浅草橋だけ結局撮らず仕舞いでした。

2021年4月に✈快特高砂を撮ってから2年間その状態が続きましたね。あっ通特馬込・通特成田・快特馬込など2022年改正で新規誕生した行先についても全部回収できてます。嬉しいね。



…さて、それからどう気が変わったら「全駅収録」になるのかアホ少年よ。

2019年夏前までは特定の駅での撮影が多かった(特に平和島・青砥)んですが、秋以降は撮影範囲が拡大。全駅収録に広がっていきます。

地道に記録を進め、2021年5月27日に印旛日本医大での撮影が終了したことにより全駅での撮影がひとまず終了。その後も到着シーンやらなんやらを細々記録し、2022年11月3日に小岩上りの発車シーンを撮影し全駅で上下線の"発車"シーンを撮影終了。その後久里浜線末端区間の運用も復活しそちらの撮影も無事に完了しました。心残りはユーカリが丘下りの通過シーンが撮影できなかったことですね。

問題は到着シーン未撮影駅が残ったことで、

南行:弘明寺(1駅)
北行:小岩・八幡・志津・うすい(4駅)

と5駅分が残りました。末期は南エア急・京成快速共に充当数が多くなかったのが…ではなく、単純に過去の自分がもっと記録してればよかった話で。

改正後の南エア急(下り)は、41Tが2回・59Tが3回の合計8本。

59Tの3回のうち12月1日は2往復目だけ撮影・12月12日はバイト・12月29日もバイト。
41Tは12月2日・13日ともに授業前だったので寝てました。

うん、俺が悪いね。って言いたいけど…740TXはマジで朝早いのよ…って…思ったけど…29Tと10分しか変わらないね…。2月に充当されてたら行ってた。

京成快速は25Tとかで割と充当回数はありましたが、土日の大半はバイトで潰れてたので…。
最終日とかは諦めて、未回収の駅よりも自分が撮りたい駅で撮るのを優先しました。

まぁここでたっぷりバイトしたおかげで2月全休頂けて、ニート生活しながら29Tを毎日撮ることができたので非常にありがたい限りです。





さて、そんなこんなで5年間地道に5300形を記録し続けたわけですが、冒頭にも述べた通り何か思い入れがあったから追いかけるわけでもなく、葬式鉄なんですよね。

ただTwitter見てると「通学で使った」やら「地元で見る機会が多かった」やら。5300形が生活の一部だった方も多いみたいですが、僕は全く縁がない電車でした。

別に嫌いでも避けるわけでも、だからと言って特出して好きってわけでも。でも僕の人生においてここまで情熱を注いで追いかけた形式は後にも先にも表れないと思います。最後は思い出でいっぱいになりました。

高校は東急線沿線だったので、京急にすら縁がない高校生活だったんですよね。新町の脱線事故とかも高校時代でしたが、蚊帳の外みたいな感じで…笑

だからこそ5320がラスト1本になってから追いかけ始めた人になにか言う権利は無いなぁって思ってます。その方々よりちょっと早く葬式鉄始めてただけなので。

お前5301撮ってんの?5317撮ってんの???って言われたらそこだけ悔しいなぁって感じです。もう少し記録を始めるのが早かったらな、一眼を持つのが早かったらな、と。

親から一眼を借りて使い始めたのは2018年3月なので全編成が生きていた頃でしたが、中学生の僕はそんなに外出する機会も多くなく…。結局5301編成・5302編成と一部の後期車は一眼での記録が無いんですよね…。

初期車の急行灯が赤いことを知ったのは5303編成が廃車された後だったような記憶がありますし、初期車の座席仕切りが布張りになってたのを知ったのはつい数週間前。

こんな僕が語るのはちょっと気が引けます。笑

でも僕が5300形を追いかけるに於いて一番気にしていたのは運用で、01Tだったら快特成田だな、とか、53Tだったら快速羽田空港だな、とか。そっちを重視してたので正直デハの位置とかもここ最近まで知らなかったです。1・3・6・8号車だよね。流石に覚えた。

追いかけるのは楽しかったし、この追っかけを通して知り合った方もかなり多いです。今のTwitterのフォロワーさんが650人いらっしゃいますが、そのうち少なくとも100人は5300形がきっかけだったんじゃないかな、って思います。

特に末期は行く先々で色々な方に会い、お話しさせていただき、都営車に関すること以外でも沢山学ばせていただくことがありました。

5300形による全ての出会いに心から感謝申し上げます。





それはそうと、いつまで馬込のヌシで居るんですかね。1か月、2か月、半年…いや、1351編成みたいにずっと?
もしかしたら先輩5000形みたいにどっかで訓練車になるかもしれませんね。

馬込車両検修場のど真ん中にずっと居るのもいいですが、この先のことが気になって仕方ありません。

あ、最後に宣伝。5300形の動画集、多分10時間越えになると思います。編集中です。
https://www.youtube.com
チャンネル登録していただけたら嬉しいです。そういえばYouTubeも5300形のおかげで400人くらい登録者増えましたね。

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と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

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まさかまさかの1カ月ぶりのブログ。さて、いよいよ明日11月26日に四直はダイヤ改正を迎えます。
都営車としては前回と比較するとあまり面白みが…と言ったら失礼ではありますが、今回の目玉は京成のワンマン・京急の特急でしょう。
後者は都営車も絡む部分がありますが、前者は…。

運用解説もしようと思ったんですが、案外忙しくて…。

2月改正んときは大学受験終わって卒業式控えてるだけだったんでマジで暇だったんですよ。ただ今回Yahooの乗換案内が対応した日はバイト中、駅探が対応したときは授業中って感じでありがたいことに忙しくさせてもらってます。

そんな中でも運用表は無事改正前に完成、Twitterに投稿しましたのでもしよかったら探してみてください。

運用解説は改正後に回送列車の時刻等も交えて、1週間後くらいに投稿できればいいなーと思ってます。
今回ネタも多そうですが前回ほどに都営車が変わった!!!!ってところも無い(と信じてます)ので。

ここまで見てくれた人へ。平日の朝8時半は子安駅に行きましょう。多分面白いものが見られますよ。

と、いうことで今回はこの辺で。いじょう!!!

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この間フォロワーさんから「73Tって存在したことあります?」って聞かれたんですよ。
データベース開いて検索したらすぐ出てきたんで教えたんですけど、よく思い出してみたらあのデータベース、誤植まみれで途中で断念したんですよ。

あれから数か月、新しい資料も手に入れたんで久々に作り直そうかな。
って感じです。

まぁ、これからも頑張ります笑

と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

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南行

到着
新大津(1620T・1608T)
弘明寺(エア急)
井土ヶ谷(エア急)
小岩
実籾
大和田(以上快速)
公津(特急でも可)
成田(快特でも可)
(計8駅)

発車
印牧
小岩
実籾
成田
2ビル
(計5駅)

通過
弘明寺
井土ヶ谷
日ノ出(以上1608T・1620T)
高輪台(510T・512T)
新柴又
北国分
秋山
松飛台(704T・732T)
船競
大和田
志津
ユーカリ
臼井(特急以上)
大佐倉
宗吾参道(快速特急)
(計15駅)


北行

到着
横須賀(1709T・2021T)
六浦(色々)
文庫(色々)
北国分
新鎌ヶ谷
白井
NT
印牧
印旛
小岩
八幡
船橋
志津
ユーカリ
うすい
佐倉
酒々井
(計17駅)

発車
NT
うすい
酒々井
公津
(計4駅)

通過
能見台
弘明寺
仲木戸
馬込
中延
戸越
五反田
矢切
北国分
大町
東中山
船競
大久保
実籾
大和田
志津
ユーカリ
(計17駅)

ダイヤ改正からの5300形を軽く振り返る。(2/26(土)~3/6(日))

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【※画像は一部を除き未編集・Wi-Fiスマホ転送の画像です。そのため一部画像が乱れている場合があります。】

さて、2月26日のダイヤ改正からおよそ2カ月が経過し、皆様も新ダイヤに慣れてきた頃でしょうか。

とはいえ僕も『1SH』という運番を見ると「あ?」という感想になりますし、昼間の新町に『09T』が止まってると「あー改正したんだなぁ…という気分になります。

本題の5300形は改正後、年度を跨いでもしぶとく運用についています。
改正からの日数は48日、ホームドア輸送を含めると運用に就いた日数は44日。かなり動き回ってますねぇ。

改正で新設された行先にも『快特 西馬込』を除いて全て充当…と、このあたりの話をこの後していきたいと思います。


①2/26(土)~3/6(日)
改正初日、馬込検車区に行くと5300形の通電が確認できました。僕はそのまま蒲田駅に向かい京浜東北線の始発で品川へ。改正後初のアクセス運用になった403Tと特急羽田空港行を撮影。5300形は01Tでした。

改正前は01T→07T(平日)/27T(休日)に入ることが極端に少なくなっていたため、01Tに『おぉっ!』という感想。

スクリーンショット (7)

動画からの切り抜きなので幕切れにはご容赦。初日からアクセス特急を待避するシーンを見ることができました。

翌朝再び馬込見に行ってまたびっくり。01T出してるんですもん。さすがに目を疑いましたが一番に出庫していきました。
改正前は01Tに2日連続なんてどう転んでもあり得ないことだったのでかなり驚きでした。

平日ダイヤ初日となった2月28日は21T。久里浜までの運用です。

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2021T 普通 印西牧の原行

ダイヤ改正からしばらくホムド無だったものの残念(安全が向上したのはありがたいですが)になった宝町。
この日はこの運用というより55の特急成田空港、そして快速宗吾参道がメインでした。

21Tは印旛停泊運用なので翌日は51Tへ。その51Tもまた停泊で13Tに流れました。

3月3日は25Tから53Tに流れました。今のところ改正後唯一の浅草橋停泊です。
ちなみに休日の浅草橋停泊はスカイアクセス運用なので、『普通 浅草橋』は平日限定になりますね。

53Tで浅草橋停泊の翌朝は05T。
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804T 特急 西馬込行行

見事に55の悪徳に被られました。ここまで被られるならSS1/50にしといて55の幕も出したかったなぁって感じです。急行灯×なのはお察し。
ちなみにもう1本の特急は35Tですがこちらにはまだ充当経験がありません。

05Tで入庫後は59Tで再出庫。

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2059T 特急 印旛日本医大行

改正後唯一の下り特急になった2059T。今のところ充当はこれが唯一です。ちなみに改正後の59Tは改正前と違い西馬込入庫運用になっています。


3月4日。朝馬込見に行こうかと思ったんですが、当日卒業式だったのでパスしました。結局午前は運用に入らなかったので行かなくて正解でした笑

卒業式が終わりクラスのみんなとわいわい。そんななか25Tに充当した事実を知ります。

クラス会の解散が21時半だったので僕はそのまま青物横丁に向かい、カバンに卒アルが入ったまま2224Tにカメラを向けました。

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2224T 特急 逗子・葉山行

ちなみにですが改正以降逗子線に入線したのは今のところこれが唯一。京急線内の停泊もこれが唯一になっています。南エア急への充当はまだありません。

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2237T ✈急行 高砂行

改正前後で別の列車と入れ替えることで折り返し列車に変更ができました。



ここまでは改正以降順調に色々な運用へ。ただ『これぞネタ!』というネタは25Tくらいで、少し物足りなさも感じていました。

さて、これ以降はまた次回振り返っていきましょう。

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と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

#都営車運用解説 第12回 2001年平日・23T

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さて、運用解説も段々と回数を重ねてきまして、47Tまである2001年平日ダイヤは今回で半分を紹介させていただいたことに。

ただ都営車数十年の歴史からしたら大したことない…てな感じでどんどん進めていきましょう。


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623T(西馬込6:31→普通→押上7:06)

前年までは635T(西馬込6:31→普通→印旛日本医大7:53)でした。この列車関係の種別変更に関しては前回の記事2001年改正平日21Tで紹介しているのでぜひ。


現在、出庫電がそのまま押上行になる運用はありません。

西馬込出庫の便って馬込検車区の時点で行先を出しているわけで、今までは普通として出庫する列車しかありませんでした。
しかし今回(2022年2月)の改正では休日25Tで快速の幕を出して出庫していく列車ができましたね。

あれ…そういえば先日43Tアクセス特急を出している列車が居ましたがあれは…。


ー接続列車ー
泉岳寺着 6:42
京急線方面:644T 急行 羽田空港行(泉岳寺始発6:53)
押上以北:553H 普通 青砥行(三崎口始発・京急線内特急・泉岳寺6:47)





722T(押上7:17→特急→三崎口8:58)

前年までは752Hでした。現在唯一残る都営車の三崎口乗り入れ、730Tが泉岳寺7:38→三崎口9:07なので、その列車の元を辿るとここに行きつくことになります。

2002年で720T
2004年改正で高砂延長のうえ708T
2006年改正で742T(三崎口着は6分繰り下がり9:04)
2007年改正で印旛日本医大延長のうえ600T
2010年5月改正で泉岳寺短縮のうえ730T(三崎口着は9:09)になり、その後は5分以内の時刻変更を経て現在に至ります。

今回改正では同じく20年選手だった休日金沢文庫始発の特急羽田空港行などの消滅が目立ちましたが、唯一の三崎口乗り入れとなった平日730T→931Tはいつまで残ってくれるでしょうか。
また、夕方や夜の三崎口乗り入れが復活することはあるのでしょうか。



ー接続列車ー
泉岳寺着7:40
西馬込方面:730T 普通 西馬込行(泉岳寺始発7:44)

鮫洲(724レ 新逗子行)
平和島(722レ 新逗子行)
京急蒲田(724H 急行羽田空港行)
京急川崎(776レ 川崎始発の浦賀行)
生麦(720レ 新逗子行)
神奈川新町(762レ 浦賀行)
南太田(718レ 新逗子行)
上大岡(760レ 浦賀行)
金沢文庫(716レ 新逗子行)
金沢八景(758レ 浦賀行)
堀ノ内(614レ 浦賀行)

で追い抜きまたは接続を行います。





923T(三崎口9:02→快特/普通→高砂10:47)

現在、明るい時間に上る快特運用はありません。そもそも午前中に久里浜線から上ってくる都営車の営業列車が存在しませんね。(回送としては31Tがある)

下でも紹介しますが、押上では京成線内特急のエアポート快特成田空港行(917H)の待ち合わせをします。

17Hといえば2000年代前半の四直ファンの皆様にとってはお馴染みの運番かと。

これ以降は余談にて笑



ー接続列車ー

堀ノ内(961レ 京急川崎行)
金沢文庫(959レ 品川行)
上大岡(923レ 京急川崎行)
南太田(815レ 品川行)
神奈川新町(921レ 京急川崎行)
子安(857レ 品川行)
京急鶴見(813レ 京急川崎行)
京急川崎(855レ 品川行)
鮫洲(953レ 品川行)

で追い抜きまたは接続を行います。

押上10:32/10:36の停車中に917H 特急 成田空港行(京急・都営線内エアポート快特)に追い抜かれます。
高砂での接続はかなり悪いので、泉岳寺時点で後続の西馬込始発急行成田行(1071K)、高砂で乗り換えるなら7分接続で高砂10:54発普通千葉中央行(10B59)に乗り換えです。



高砂到着後は高砂検車区に入庫します。





1622T(高砂16:08→普通/特急→三崎口18:07)

前年までは1610Tでした。翌年の改正で伝説の『快速 三崎口』として生まれ変わることになりますが、それはまた今度のお話。

神奈川新町からは8分ほど先行して1646T特急三崎口行が走っており、当時は僅か10分で2本の特急三崎口行を見ることができました。

1日に久里浜線に乗り入れる本数自体も7往復ほどあり、一番京急側が賑わっていた頃…と言おうかと思いましたが、その数年前までは休日SH運用のうち2本が都営車という時代がありました。

ー接続列車ー
泉岳寺着16:45
西馬込方面:1604T(16:50泉岳寺始発)

平和島(1640レ 新逗子行)
川崎(1700レ 川崎始発の浦賀行)
生麦(1654レ 新逗子行)
新町(1652レ 浦賀行)
南太田(1602レ 新逗子行)
上大岡(1608レ 浦賀行)
文庫(1646レ 浦賀行)
堀ノ内(1718レ 浦賀行)

で追い抜きまたは接続

京急久里浜17:47/17:55の停車中に久里浜止の快特(1600A)の待ち合わせをします。
1600Aは品川基準で7分差だったのを詰め…ることなく6分差で17:53着です。





1823T(三崎口18:19→特急→京急久里浜18:31)

暗い時間の京急久里浜行です。

ー接続列車ー
久里浜18:31発特急印旛日本医大行(1891H)





2123T(京急久里浜21:32→特急→泉岳寺22:33)

この時間の都営車特急は2003年改正で消滅しています。

ー接続列車ー
特急京急久里浜行(2105C・久里浜21:32着)

堀ノ内(2163レ 品川行)
上大岡(2109レ 新町行)
新町(2155レ 新町車両振替後の品川行)
平和島(2113レ 品川行)

泉岳寺(22:34発 西馬込始発特急成田行(2289K・押上で始発普通(2219T)に接続))

少し夜遅めの列車ということもあって接続列車は少なめですね。
夜遅め、といっても2123Tの1時間半後にもう1本都営車の上り特急が存在しますが笑

2315T、ですね。





2222T(泉岳寺22:46→普通→西馬込22:57)

特にいうことも無いですね。笑

ー接続列車ー
泉岳寺(22:46着 特急三崎口行(2256H・青砥始発・京成線内普通))
2256Hは三崎口行の終列車です。




さて、三崎口まで2往復する23Tをお届けしてきました。2022年改正では京成線内への乗り入れ本数が圧倒的に増え盛り上がっている一方、京急線内への乗り入れは寂しいもの。
休日でも久里浜線まで6往復程度していた2001年改正とは違い、2022年改正ではとうとう休日の久里浜線入線は消滅してしまいました。

一方当時存在していなかった南エア急が存在するのはいいことやら悪いことやら。

運用が賑わうのは楽しいですが、その分運用を組むのが大変ですからね。

シンプルイズベストなんて言葉もありますし。

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と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!


ーーー余談ーーー

923Tが追い抜かれる17Hですが、上でも言った通り四直ファンの皆様には馴染み深い運番かと思われます。

『Train Simulator 京成・都営浅草・京急線』ては2002年改正以降の京成線内快速運転の917Hが運転できますし、717Hは京急線内からの特急佐倉行としてお馴染みだった列車。

ちなみに917Hの折り返し、1116Hは特急上野行。先日のアメトークでも沸きに沸いた上野行です。
京急車の上野乗り入れは1998年~2002年・都営車の上野乗り入れは1998年~2001年でした。

現在紹介している2001年改正ダイヤでは京急車の乗り入れは残っているものの都営車は既に消滅済みでした。

この年は何とか残存したものの翌年消滅したのが東成田への乗入れ。2001年当時では平日1往復・休日2往復が存在していました。


また923Tが高砂で接続する10B59レですが、B51以上の数字は千葉線・千原線に直通する4連運用を示しています。
千葉・千原線での4連運用は2018年12月の改正で消滅しています。

現在京成線内で4連の運用があるのは金町線と宗吾参道~芝山千代田の区間のみ。

一方、京急線内で4連の運用が存在"しない"のは三浦海岸~三崎口・京急蒲田~羽田空港・品川~泉岳寺の区間のみ。
近年でも4連は増備され続けており…と、いうより京急で2020年以降増備されたのは全て4連であり、トンネルの両側での考え方の違いが表れていますね。

京成側は恐らく金町線が6連化できれば4連は消滅するでしょう。金町駅の都合で難しいようですが。
一方、増結車や4+4であちこちを走り回る京急では向こう30年は4連が消滅することは無いでしょう。

ーーー余談終わりーーー

#都営車運用解説 第11回 2001年平日・21T

カテゴリ:
さて、お久しぶりの都営車運用解説なんですが久しぶり過ぎて書き方覚えてないっていうね。

01W21T


621T(西馬込6:27→普通→印西牧の原7:46)

前年改正まで普通青砥行(633T)だった621Tは、4分後に西馬込を出ていた普通印旛日本医大行(00年改正当時635T・西馬込6:31→印旛日本医大7:53)と入れ替わり北総線へ向かうことに。

泉岳寺基準で見ると、

6:39発 633T(青砥711着)→621T(印牧746着)
6:43発 635T(印旛753着)→623T(押上706着)
6:47発 553H(押上710着)→553H(青砥718着)

621T関連の行先変更はこんな感じですかね。これにより京急線方面から押上以北への所要時間削減になっています。
これと関連して、押上行の折り返し特急三崎口行が553Hから623Tに変わっています。23Tは次回詳しく解説します。

11本連続都営車が来る朝ラッシュ北総下り線の5本目になります。

泉岳寺での京急線からの接続は有りません。



820T(印西牧の原8:04→普通→西馬込9:28)

9分後に印西牧の原を出る、印旛日本医大始発の特急西馬込行(824T)に八広で抜かれます。
現在でも見ることができる北総線発西馬込行の都営車同士の待避ですね。スカイアクセスができて今回からは都営車同士の待避も沢山見られるようになります。

この年から新設された北総の上り特急、そして使用開始された八広駅の待避線。
ちなみに前年まで北総の上り急行は高砂から普通列車になっていました。

更に前年までの急行は5本中4本が羽田空港行(686H,770N,772N,776N)・1本が西馬込行(834T)と行先もバラバラ。

北総線からの特急が新設されたことで、特急西馬込行の都営車の本数は前年度の1本(2000年改正818T:成空8:10→西馬込9:55)から4本(600T,712T,704T,824T)へと増えることになりました。
その代わり京成本線からの特急西馬込行は消滅となりましたが。(まぁ翌年改正で夜に復活するんですけど(2002年改正1946T:成空19:08→西馬込20:46)

京急線へは泉岳寺始発で3分後に特急羽田空港行(916H)があります。



1621T(西馬込16:25→普通→高砂17:12)

前年までは1613Tとして出庫、青砥行でした。
泉岳寺での京急線からの接続は有りません。高砂まで先着です。

そして高砂に到着するとすぐに入庫。



1920T(高砂19:52→普通→西馬込20:39)

前年までは1956T、青砥始発の列車でした。
京急線へは高砂時点で6分続行、成田始発の急行羽田空港行(1834T)が便利です。
ちなみにこの急行、ここ最近Twitterで騒いでいますがユーカリが丘、八千代台、市川真間で後続を待避するなんかよく分からん列車になっています。
この列車についてはまた今度。



2021T(西馬込20:46→普通→印西牧の原22:05)

前年までは2057T、印旛日本医大行でした。
当時は平日夜間の八広待避は存在せず、もちろんスカイライナーやアクセス特急もありませんので終点まで先着でした。



2220T(印西牧の原22:16→普通→押上23:01)

前年までは青砥始発の押上行(2224T)でした。
22時台の北総線内はだいぶ手が加えられており、この列車と直接比較することはできませんでした。

スクリーンショット (213)


比較するとこんな感じ。列番見ていただけると分かるんですが、前年まではこの時間都営車まみれでした。

押上以南へは上の時刻表にもある通り2286H特急三浦海岸行に乗り換えになります。



2321T(押上23:17→普通→青砥23:26)

前年までは2325Tでした。

西馬込発特急成田行(2251K・22:40→24:10)の接続を受けて発車。

現在では同快速成田行(2271K・22:39→24:24)が押上始発普通印旛日本医大行(2337N・23:19→24:08)への接続になっています。



2320T(青砥23:56→西馬込24:39)

前年までは2324Tでした。

浅草橋より先西馬込までの最終列車。泉岳寺での京急線は10分前に終了しています。



さてさて、こんな感じで久々にやってきましたがどうでしょうか。『こんな情報追加して欲しい!』なんてのがありましたら是非よろしくお願いします。

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と、いうことで今回はこの辺で。
いじょう!!!

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